身体が不自由で、車椅子などで生活されている方の中には、「街に出ても誰とも目が合わない」と感じる方がいるそう。そうなると、ものすごく孤立感を感じるという話をテレビでしていました。

「じっと見るのは悪いかな」という想いと、「どうしたらいいのか分からない」という想いを持っている人は少なからずいる様です。

でも、それは別に嫌悪感で目をそらしているのではなく「何かしてあげたいけれど、逆に迷惑になるんじゃないか」という想いなのかなって思ったりもします。

想いと裏腹な感じなのでしょうか。でも、そもそも。。。
日本人て、目が合わないし、微笑まない。海外に行くといつもそのギャップを感じ、日本の冷たさにものすごく嫌気がさす事があります。

なので私は、レジで必ず店員さんの目を見て「「ありがとうございます」と言おう」という草の根運動を一人でやっております。
ほとんどの方が目を見てくれますが、あんまり笑ってくれない。。。全く目の合わない店員さんもいます。だからと言って文句言ったりしないですが、嫌らしい話、改めて「目を見て感謝を伝える」という事の大切さを肝に銘じるのです。
それは、もう「お互い、気持ちよく」という意味ですよ。

なので、車椅子の方がテレビで語っているのは、物理的に目が合わないという、それだけではない、本人が感じる「空気」があるのだろうなと考えたりします。

ご飯食べに行こ〜。が誰でも叶う場所

「しあわせのカフェ」プロジェクトが動いています。
全ての人に「垣根のないカフェ」を作りたいという想いを持った一人の看護師さんの想いからスタートしています。

・車椅子だから、お店に段差があるから食べに行くのを躊躇する
・認知症の家族だから、迷惑かけるかもしれないから家で食べる
・点滴や酸素がついてるから、お店に行けない

そんな事ないでしょ。大丈夫、手伝うよ。

という人たちが店員としている場所を作ろうと彼女を中心にサポートメンバーが集まっています。

そして、ここは「そうゆう人」たちだけが、来る場所ではなくてね。
みんなが共存する、ユニバーサルな場所じゃないと意味がないのです。
・仕事の合間にご飯を食べに来るサラリーマンやOL
・小さな赤ちゃんを連れて、大荷物のお母さんの休憩時間
・失恋して誰とも口も聞きたくない、可愛い女子高生
・一人で自由気ままに過ごしている、おじさん

誰もが、お互いを気にせず、でもどこか少し手を差し伸べあえるようなところです。

例えば、「ちょっと前のことをすぐ忘れてしまう」という個性と「四十肩で腕が上がらない」という個性が、同じようなもんだね。

と、想い、手伝うよ〜。と言える社会になる事が、垣根のない「気持ち良い」世の中だなあって。
お互い様って感じです。

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